逆カルチャーショック③:High Contextな日本語について

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日本語は類稀なる言語で、その特徴の一つとしてとてもHigh Contextであるということが挙げられる。

High Contextな、というのは既に一定の事実認識、知識、経験、状況、文化などの文脈が共有されているという前提の、という形容だ。

主語・目的語がじゃんじゃん省略される。

あまりにも主語・目的語が省略されるので、テレビのテロップであればかっこを用いて主語・目的語を明示しているのをよく見かける。

日本人同士の会話でも、主語や目的語を確認し合うことがある。

更には同音異義語が多いことにより熟語の漢字を確かめる場面すらある。

古文でも「をかし」のような述語や「は、が」などの助詞が省略されていることから、昔からとてもHigh Contextな文脈が共有されていたことが見受けられる。

なぜここまでHigh Contextなのかという所以はきっといくつもあるのだろうけど、一つは実質単一民族国家である事に起因しているのだろう。

仮に宗教的、文化的バックグラウンドがあまりにも違う民族同士で暮らしていれば、お互いの前提条件や前提知識から説明しないと話にならないので、Low contextになりやすいということだろう。

特に登場人物が多い会話や、込み入った話の際、High contextでこれだけ意思疎通ができるというのは日本人ならではの能力だとつくづく思う。

ここまで色々省いても全部伝わる、既に共有しているデータが豊富だから、という快感があるのだろう。

更に身内になってくると身内でしか共有されていない元ネタ、隠語、データによる身内ネタがあり、ただでさえHigh contextな日本語なのに、その枠組みの中で更にHigh context度合いが増していて、もはや暗号になっている。

やはり身内にしかわからない話というのは、一層仲間意識を強化するものなのだ。(笑)

英語やドイツ語などのLow contextな言語であれば主語・述語を省かないのはもちろんのこと、単数か、複数かという数量の認識がとても重要だ。

日本人の感覚からすると、わざわざ単数か複数かなんて言わなくても伝わるでしょう、と思うけれどLow contextな言語はというと、とにかく数にうるさいのだ。(笑)

海外に長期間滞在し、一時帰国したら自分の日本語が英語のようなLow contextなスタイルになっていて、妙にわかりやすい日本語になっていた!という人もいたりする。(笑)

改めて本当にHigh contextな言語だなと思った。ずっと日本で生まれ育った人たちにとっては当たり前なのだろうけど。(笑)

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