
まずはビッグピクチャーを捉える
物事を理解する上でまずはビッグピクチャー(Big Picture)を捉えることが最重要だと思う。
それは大まかな流れ、概要、大筋であり、それをある程度捉えてから仔細な部分の理解に取り組む。
解像度は粗くても、大きな流れを捉えるということだ。
日本史の一つの重要な特徴として、権威と権力(実権)が徹底的に分離していくことなのだ。
まずこれだけでも、日本史を少しでも理解するために必要な最初のステップだと思う。
COTEN Radioのお三方が詳しく説明されていて、興味深いと思ったので自分の言葉にしてみようと思う。
摂関政治においては天皇が象徴、摂政や関白が実権を握っていた。
推古天皇の摂政の聖徳太子や、摂関政治の全盛期に栄華を極めた藤原道長などが特に有名。
院政においては、天皇が象徴、上皇(天皇の座を退位した元天皇)が実権を握っていた。
院政元祖の白河上皇、鳥羽上皇、後白河上皇など。
武家政権の幕府においては天皇が権威(後ろ盾)、幕府が実権を握る。
鎌倉幕府に至っては、歴史の本を読み進めていくと、あら、いつの間にか北条氏が執権の座を独占、実権を握るようになり、幕府の中でも入子構造のように権威と実権が分離していく。
奈良時代に至っては道鏡という僧侶が政治の頂点に上り詰め、危うく天皇になるというシナリオも現実味を帯びていた。
そうなってしまっていたら権威が天皇、政権の実権は僧侶が握るということもあり得たのかもしれない。
日本特有の君主制
京都御所へ行くと、濠、要塞、櫓、石垣といった防御施設は特にない。
侵略しようと思えば容易にできそうなのだ。
もし天皇家を滅ぼすという勢力が現れ、実行したとすれば彼らは武士全員が納得できる「権威」を樹立させなければならない。
結局それはできないということだ。
天皇家の血の濃さでしか、誰もが納得する権威にはなり得なかった。
そう言う意味で日本の天皇制というのは他の帝国の権威も権力も握っていた君主制とは本質的に違う。
あらゆる形態の政権の後ろ盾としての役割を概ね平和的に果たしてきた。
もしかすると、日本の建前と本音の文化の源泉は「権威と権力の徹底的な分離」からきているのかもしれない。
そんな仮説をたててみる。それが正しくても、誤っていても、仮説を自分で立てるという思考自体に意味があるのだ。