
関東軍が昭和天皇及び日本政府の意向を無視し、満州事変を起こした。
「極右」は常に間違っていると言い切れるだろうか。
極右も極左も決してバランスの取れた望ましい政治形態とは言えない。
しかしそれは必ずしも善か悪かの二元論で切り分けられないのではないのだろうか。
明治維新の前夜、日本は隣の大国中国がアヘン戦争を英国に仕掛けられ、国を根底から破壊されているのを目の当たりにした。
中国は、言うまでもなく古代より日本が律令制、仏教、儒教、道教、文字、その他様々な文化を取り入れた言わば先進国であり、先輩だ。
その中国が欧米列強によってボロボロにされた。中国からすればとてつもない屈辱で、計り知れない損害を被った。
日本はかつて尊敬していた先輩国が瓦解していくのを戦慄しながら見ていた。
やるか、やられるかの二択しかない国際情勢の中、当時の日本人は欧米に支配されないために本気でどのようにすれば良いのか思考していた。
そして明治維新という世界史上の奇跡を起こす。
明治維新は信じられないような奇跡である。
なぜなら日本は
1.欧米列強に侵略・支配されていない。(日米修好通商条約等、不平等条約は結ばされたけれども。)
2.国民の半分が亡くなるような大規模の内紛は起きていない。(西南戦争、戊辰戦争等はあったし、薩長などが列強国と小規模の衝突は起こしていた。)
3.近代化を通常では考えられないほどのスピードで遂げた。
4.英国の援助もあり、日清戦争・日露戦争に戦勝した。
日本は江戸時代には冊封体制の中に組み込まれていない、中国から見ると野蛮な遅れた国だった。
皮肉なことに(朝鮮やインドシナに比べると)、日本は中国から遠いという地理的条件もあり、冊封体制に組み込まれていなかったからこそ、ウェストファリアを取り入れ信じられないスピードで発展を明治維新という形で遂げた。
言わば、歴史上のリープフロッグである。
私は戦争には断固反対だ。
しかしこのウェストファリアと冊封体制が朝鮮半島を巡って対立する大きな歴史の流れの中で、戦争をしないというのならば日本はどう立ち回れば良かったのか。
当時支配するか、支配されるかの二択しかなかった世界情勢の中でどのように振る舞えば良かったのか。
究極的には答えはないのかもしれない。
大日本帝国のアジア各国で行ったことを正当化することは決してできない。
ただ、日本国の一国民としては日本の帝国主義を「正しかったか、間違っていたか」の二元論のみでは語れないのだと思う。
後から歴史的事象の是非を主観的に評価するのは簡単だ。
しかし、単純すぎる結論を安易に出してはいけないと思う。
明治の偉人たちが一歩踏み間違えていたら、全く違う形で今日、日本国が運営されることになっていただろう。
そもそも、日本国が今日存在していなかったのかもしれない。