中庸シリーズ⑤:政治と中庸 — 極右も極左も単純ではない

marco oriolesi wqlglhjr6og unsplash

一般的には政治的に、極右も極左もバランスを欠いていると思う。

極右については、極端な軍国・植民地主義につながりかねない。

軍事化が加速度的に進み、軍部が中枢政府の意向からも逸れて暴走するという事もあった。

また極左については例えば極端な共産主義がある。

20世紀の共産主義圏の政治運営の例があるように、市民に長期にわたる甚大な被害をもたらした。

一方で、極端な資本主義に基づいた統治システムにおいても競争が激化し、貧富の差が顕になるという弊害がある。

資本主義の枠組みの中で、健全な富の再分配をする共産主義のような要素が必要であり、実際多くの資本主義国家は多かれ少なかれそのような機能も備わっている。

現代中国のような共産主義の政治体制の中で、経済は大いに資本主義に基づいた市場主義を取り入れつつも、EV、AI、Roboticsなどのテクノロジー系の特定の産業については政府の支援のもと国レベルで推進する、という”融合型”の方針をとる国もある。

社会主義、資本主義、どちらも肯定も否定できない。ただ、極端に一方向に傾いてしまうとどこかで臨界点がきて、瓦解していくのだと思います。

実際には、民族性、文化、慣習、地政学的条件、時代の局面等の様々な因子によって最適な統治方法・政治方針も変わるので、優劣はつけられない。

また、極右・極左を含めた特定の政治思想や政治形態が常に善か悪かで切り分けられるわけではない。

とても複雑な環境的・構造的要因や各国の思惑、利害関係が複雑に絡んだ結果、そのような政治体制で運営せざるを得なかったと言う見解もある。

決して二元論では語れないし、政治の中庸が大事、なんて理想論でしかない。

それでもこの民主主義体制において、国民一人一人がなるべく中庸を意識することで国家運営にも良い影響を与えられるのかもしれないと言う淡い希望がある。

Leave a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *

0

Subtotal